ROKU's Daily Life

あんなことやこんなこと

『忘れられた日本人』

幼い頃田舎で育った。なぜか爺さんや婆さんの話をよく聞いた記憶がある。ことさらに身構えなくても、その家に行けば年寄りがいて話をしてくれた。

現代の子ども達は身近に爺さんがいない。いても、他のことが忙しいので、老人の話など誰も聞かない。そうやって生活(民俗)文化が失われていくんだなぁと、この本を読んで改めて思った。

そうやって、まるであだ花のような、商業(消費)文化だけが後に残っていく。

 

「いや、うちの子は『環境を守るエコ少年クラブ』で年寄りに教わって炭焼きの学習をした」と言う人がいるかも知れない。確かに炭焼きのノウハウを学ぶのはとても大切だ。だけど、炭焼きの技術にまつわる文化や社会背景まで学んだだろうか。

もしかすると通り一遍の教科書に出ているような一般的な知識は学んだかも知れない。だが、その年寄りや年寄りの父親の世代が、炭焼きを生業としてどんなふうに生きたかまで学んだだろうか。

そこまで踏み込まねば、生活文化の伝承というのはできないのだと思う。むしろテレビも何もなかった時代、「ワシが若い頃は…」で始まる年寄りの一代記が、はからずも次世代に文化を伝承する役目を担っていたのだと思う。

 

この本に登場する年寄りは、聞き手に何か知識を教えようとして語っているのではない。「あんなこともあった。こんなこともあった」と、それぞれの人生を振り返りつつ訥々と話している。

しかしそれがはからずも貴重な文化伝承となっている。

 

それにしても「対馬にて」という一章には驚いた。

 

「日本人は会議下手だ」とよく言われるが、あれは西欧流の議論や討議が苦手なだけなのだと改めて思った。かつて日本には(少なくとも対馬には)衆議一決をはかるためのすばらしいやり方がちゃんとあった。

現代の世の中に用いるは時間がかかりすぎて間尺に合わないのだろうが、外から入ってきたいろいろな情報が人の心の中で醸されてひとつの形をとり始めるために少し時間が必要なのは当然である。むしろ情報をもらったら即座に返答しなければならない現代の世の中の方が、急ぎすぎているのではないか。

 

ともあれ、あの激動の明治・大正の時代を、名もなき人々がどんなふうに生き、どんなふうに暮らしたか。天下国家を論ずる前に必ず読んでおかねばならない本である。また今後の日本人の生き方・暮らし方をわれわれ自身が考えるとき、われわれの原点を確認するという意味で、必ず必要とされるであろう名著である。

忘れられた日本人 (岩波文庫)

忘れられた日本人 (岩波文庫)