ROKU's Daily Life

あんなことやこんなこと

『山田方谷』

日本という国の負債は、すでに5年以上の間、3分毎に2億円ずつ増えているのだそうだ。その根本原因を放っておいていくら小手先の策を弄しても決していい結果にはならないだろう。こういうときこそ、改革の根本というものを先達に学ぶべきではないか。

この本の主人公、山田方谷は、幕末の備中松山藩で破綻寸前に陥った財政を黒字に転換させ、藩政を立て直した偉人として知られている。河合継之助が学びに訪れ、長岡藩の改革の手本にしたことでも有名だ。

 

彼は農民出身であり、自らも菜種油の製造販売を業としていた時期があった。その知識と経験が大いに役立ったのだろうと思う。

 

改革には破壊がつきものであるが、彼は次のビジョンを示しつつ旧いものを壊していった。その後の姿も描かないまま「ぶっこわす」のでは、「元も子も無くしてしまう」と著者は書いている。

 

藩政を改革するにあたって山田方谷が先例としたのは長州藩であり薩摩藩だ。その血のにじむような経験があったからこそ、薩長の若者は国の実権を握った後も仕事ができたという著者の指摘は興味深かった。

 

また、悪名高い「安政の大獄」は、前任者である老中阿部正弘が推進した国民への情報公開と国政参加の門戸を開く政策が、幕府の権威を弱め無責任な世論の沸騰を招いてしまったので、その失地回復策であったということを知ると、井伊直弼も彼なりに頑張っていたんだなぁと思えたりする。

 

山田方谷は『理財論』などを著しているが、その中で、財政再建がうまくいかない原因について「この国をどう治めるかという治国の大方針がなくて、銭勘定に夢中になり赤字をなくせばいいという近視眼的な考え方に捉われているからだ」と喝破する。

自分の定年までしか視野にないどこかの国の財務官僚に聞かせてやりたい言葉だ。

 

さらにこうも言う。「改革というのは絶対に急いではいけない。最低15年はかかるだろう。」つまり世代交代が行われないかぎり改革など出来ないというのだ。

しかし、15年以上も改革の火を絶やさないでいるには、すごいエネルギーが要る。そのエネルギーの元となる理念が「誠をつくす」ということなのだろうと思う。

山田方谷―河井継之助が学んだ藩政改革の師 (人物文庫)

山田方谷―河井継之助が学んだ藩政改革の師 (人物文庫)

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