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『乱世を生きる ―市場原理は嘘かもしれない』

乱世を生きる ―市場原理は嘘かもしれない (集英社新書)

乱世を生きる ―市場原理は嘘かもしれない (集英社新書)

 

今の世の中単純な頭では切り開いていけないのは間違いない。それどころか下手すると知らぬ間に意図的な単純化による世論操作に荷担させられているおそれだってある。

この著書の中で橋本治の最も言いたかったことは「世界経済は破綻しかけている」ということではないか。そしてそれはたぶん、気づかないふりをしているけれど皆それぞれ薄々感じていることだと思う。

 

システムが精緻になればなるほど効率は良くなるがシステム自体のフレキシビリティは減少するという指摘も頷ける。いうなれば世の中が便利になればなるほど世の中を動かす仕組みは硬直の度を増し、破綻が近づくのだ。

で、破綻しかけた世界経済は新たな投資先がなくなっちゃったので、人々の「欲望」を開拓し始めた…と、著者は言う。

欲望の「開発」(あるいは「開拓」)が一概に悪とは言えないとは思うけれども、少なくとも私たちは「自らの利潤を守るためだけに破綻しかけた世界経済を無理に保持しようとしてさらに事態を悪化させつつある勢力」に踊らされないよう気をつける必要はあるかも知れない。

 

「どう生きていいったらいいんだろう?」と題をつけた第4章で、著者は私たちに対応策をいかにも歯切れ悪く紹介している。でもそれはなにしろ問題がすごく複雑なのでしょうがない。

おそらく、著者にできるのは「考え方の道筋を示すこと」ぐらいであって、実際には私たち自身が私たち自身それそれの事情に照らして考えるべきなのだろう。

 

わが身を振り返ってどうしたいのかというと、本当は「いちぬけた」にしたい気分である。世界を巨大なゲーム板に見立てて利潤を追求する輩の「想定外」に降り立ちたい。

だが当然それは今ある「便利な生活」とか「保証された収入」との決別を覚悟しなければならないので、すごく迷ってしまう。まるで妻子を江戸に人質に取られた、幕藩体制の諸大名みたいなもんだ。

 

しかし、一方で貧困のため3秒に一人の子どもが亡くなっていると言われる事実に目もくれず利潤追求に血道をあげる「世界経済」。それに対する怒りを自らのエネルギーに変えることはできるのではないかという気もしている。