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『民俗学の旅』

民俗学の旅 (講談社学術文庫)

民俗学の旅 (講談社学術文庫)

民俗学者宮本常一の自伝である。もう一度人生をやり直せるなら、こういう生き方がしたい。若い人にぜひ読んでほしい本の一冊である。

著者の素晴らしさは、決して故郷を捨てなかったことだと思う。大阪や東京で暮らしているときも、また旅の空にあっても「周防大島の百姓」であることが彼の依拠するところであり誇りとするところでもあった。

彼の父親が、思いついてよく旅に出ていたというのは興味深い。貧乏をしていても世間に対する興味を失わず、見聞を広めてやろうという意欲を忘れない姿勢は見習うべきだと思った。

それから「私の寝ているとき決して頭の方を通ることがなかった」という母親。愛情の表現の仕方をちゃんと心得ている人だったのだろうと思う。

 

有真香小学校教員になったときの校長先生の人柄にも惹かれる。「のびのびと育てた子供はやらねばならぬときには集中して仕事ができる。そして少々の少々の苦労にもたえてゆけるものだというのが持論であった。」

著者はこのころ木積というところにある「釘無堂」の国宝の仏像と出会う。「これぞと思う仏像を心の中に焼き付けておいて、それをたよりにいろいろの仏像を見ていくと、他の仏像の中から多くのことを教えられるのである。」

 

圧巻は、終戦前後のエピソードである。

ドイツのハンブルグが絨毯爆撃を受けた1942年、渋沢敬三の食客であった著者はやがて日本も爆撃を受けるであろうことを知る。渋沢が彼に言う。『敗戦にともなってきっと大きな混乱がおこるだろう。そのとき今日まで保たれてきた文化と秩序がどうなっていくかわからぬ。だが君が健全であれば戦前見聞きしたものを戦後へつなぐ一つのパイプにもなろう』。そして著者はまさにそういうふうに生きたのだと思う。

1945年(昭和20年)春、大阪府の池田知事は「八月の末に敵が本土上陸」し「全面降伏になる」という予測をし、著者に『ただ日本列島の上に住んでいる八千万の農民はまだ無疵であり、社会的にも道徳的にも乱れていない。この人たちが中心になって、もう一度日本を立て直す日が来るであろう』と告げて、こうした民衆を守るために蔬菜を確保する協力を依頼される。

著者は、苗の生産体制や肥料としての屎尿の流通体制などを調査し、方策を提言する。そして終戦後、村々をまわって協力を謝したとき『やっと戦争がすみました。これから本当の仕事ができますね』と言われたという。

それから著者は戦災に遭った人たちを北海道の開拓地へ送る仕事に就く。私はこういう事実があったことを初めて知った。著者の最も辛い仕事ではなかったかと思う。しかし夜行列車の中で歌を歌って元気を出す話などは感動的である。

1946年いったん故郷に引き上げた著者は、東京に出た折、幣原内閣の大蔵大臣になった渋沢敬三の邸宅に立ち寄って尋ねる。

「軍備を持たないで国家は成り立つものでしょうか」

それに対しての渋沢の返答。

『成り立つか成り立たないかではなく、全く新しい試みであり行き方であり、軍備を持たないでどのように国家を成立させていくかをみんなで考え、工夫し、努力することで新しい道が拓けてくるのではないだろうか。一見児戯に等しい考え方のようだが、それを国民一人一人が課題として取り組んでみることだ。その中から新しい世界が生まれてくるのではなかろうか』

希望というのはこういうことをいうのだと思った。

 

 

この後に続く著者自身の社会や学問に対する考え方はぜひ参考にしてほしい。全国の農山漁村を歩き民衆の中に分け入った著者であるからこそ書ける提言である。

「一枚の田は何百年というほど米を生みだしてきたし、一枚の畑はいろいろの食物を生みだしてきた。生みだすのに努力したのは百姓たちだが、その長いあいだ土を疲れさせなかった。搾取されてボロボロになったのではなく、若々しく生き続けてきたのである。

 それは同時に、農民が若々しく生き続けてきたことを物語るものではなかろうか」

 

「本当の仕事をするにはそれぞれ足場を持たねばならぬ。人はどこかで足を地につけていなければならない。農民の強さはしっかりと足を地につけているからである。よい仕事をしている者もまたちゃんとした足場を持っている」(渋沢敬三の言葉として)

 

「文明の発達ということは、すべてのものがプラスになり、進歩してゆくことではなく、一方では多くのものが退化し、失われてゆきつつある。それをすべてのものが進んでいるように錯覚する。それが人間を傲慢にしていき、傲慢であることが文明社会の特権のように思いこんでしまう」

 

「私は地域社会に住む人たちがほんとうの自主性を回復し、自信を持って生きてゆくような社会を作ってもらいたいと念願してきた。(中略)税収中の最も大きい所得税を政府が掌握してこれを地域社会に配分するようになると地方自治体の責任者はその配分の多いことを求めて、眼が中央をむかざるを得なくなる。いま一つ地方自治体は(中略)税収をふやそうとすれば、大企業を誘致して固定資産税を取りたてることが一番安易な方法になる。(中略)地域社会はかつての植民地そっくりの有り様になり、地方自治体は大企業の利潤のおこぼれで運営される部分が大きくなっていった。それが地域社会の自主性を失わせていった大きな原因の一つになるのではないかと思った。」

 

「過去を掘りおこすことは、われわれの先祖の姿を矮小視することではない」

 

「ふるさとにりっぱな家を建てる人もある。またりっぱな墓をたてる人もある。それでいてふるさとの新しい開発のために力を藉してくれる人は意外に少ないようである」

 

「その辻が、自動車のために人の集まる場所ではなくなった。猿まわしをおこなう場すら奪われてしまったのである。しかし猿まわしのような芸能が発達すれば、また広場を必要とし、それを作っていくようになるのではないかと思う」

 

「失われるものがすべて不要であり、時代おくれのものであったのだろうか。進歩に対する迷信が、退歩しつつあるものをも進歩と誤解し、時にはそれが人間だけでなく生きとし生けるものを絶滅にさえ向かわしめつつあるのではないかと思うことがある。

 進歩のかげに退歩しつつあるものをも見定めてゆくことこそ、今われわれに課せられているもっとも重要な課題ではないかと思う」

 

「考えてみると、農村というところは何だか利用せられ放しの世界のようである。そこに住む人たちは気がよくて、苦を苦にしないところがあったからすんで来たのであるが、今まで農村のことを地方のことを真剣に考え、またその振興の根本対策を考えた人はいないようである。しかもそこが日本を今日のようにまで発展させてきたエネルギーの源泉地であったのだが、その源泉も漸く枯渇しようとしている」

 

むろん、これらの辛口の箴言や警句は従で、こういった状況をなんとかしようとした佐渡の「鬼太鼓座」や周防「猿まわし」復興の実績こそが著者の主たる側面であることは言うまでもない。

その経緯をしたためたエピソードはとても興味深いので、実際に本書を開いて読んでみられることをお薦めする。

 

 

さて、著者が渋沢から託され、また自らに課した問題のことを考えると、宮本常一はもしかすると志半ばで世を去ったのではないかと思うことがある。

それを確かめに、近々周防大島を訪れるつもりである。

 

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