ROKU's Daily Life

あんなことやこんなこと

『アドラー 人生を生き抜く心理学』

アドラー 人生を生き抜く心理学 (NHKブックス)

アドラー 人生を生き抜く心理学 (NHKブックス)

 

 名著だと思う。

アドラーに触れるのは初めてだったが、子育てや教育、啓発やカウンセリング関係の方面で言われていることのかなりの部分(アイ・メッセージとか自己肯定感とか)は、アドラー心理学にその源があるのではないか。

このアドラーのいう隣人愛ともいえる共同体感覚は、いわば、ただお題目を唱えればいいというようなものではない。先に、所属感が人間の基本的な欲求であるということを見た。他者を仲間と思い、共同体の中に自分の居場所があると感じたい、と誰もが願うだろう。大人から見た子どもの問題行動の多くは、そのように感じられない子どもが、不適切な方法によって、即ち他者の手を煩わせるという形で注目を得、そうすることで共同体に所属しているという感覚を持ちたい、と願ってなされるのである。(P101)

叱られて育った子どもは他者を仲間と見ることが難しい。叱られ失敗を恐れるようになった子どもは、何かを積極的にしようとはしなくなる。当然、他者に貢献することなど思いもよらない。(P189)

ほめられて育った子どもは、適切な行動に気づいてもらえなければ(これも他者の評価を気にすることである)、たちまち適切な行動をやめてしまい、自分をほめない人を敵だと思う。貢献感があれば、他者から認められなくても自足しているのと対照的である。(P186)

さらに著者はアドラーの言葉を引用し「甘やかされて育った子ども」の問題点も指摘する。
「じゃあどないせぇっちゅうねん!?」と私などは思ってしまうが、アドラーは「一人の人間としての関心」を示し、「勇気づけ」をせよと言う。

 

独特の「善」の概念も興味深い。

犯罪者には犯罪者なりの理由(自分にとっての「善」)があるということだ、と私は理解した。もちろんそれは傍から見たらずいぶん自分勝手な言い訳だったりするのであろうけれど、そこに「寄り添う」ことでしか見えないことがある。最近のマスコミは、事件を起こした犯人に対して、世間体ばかり気にするヒステリックな母親のような態度ばかりとっているが、それでは問題の根本的な解決の糸口は見つからない。

 

神経症的ライフスタイルに言及した章では、「1.他者を支配すること 2.他者に依存すること 3.人生の課題を解決しようとしないこと」を、誤った方向での優越性の追求だと位置づけている。

人生の課題から逃げ回ってばかりの私には、耳が痛い。

 人生において最大の困難に遭い、他者にもっとも大きな害を与えるのは、仲間に関心を持っていない人である、とアドラーは考えている。人間にあらゆる失敗が生じるのは、このような人の中からである。(P150) 

 せめてこんな人間にだけはならないようにしたいと思うのみである。

 

アドラーの人生に向ける姿勢は、楽観主義という言葉で特徴づけられる。アドラーは、自分に与えられた課題を円滑に解決できると信じる楽観主義を持った子どもについて《中略》「勇気、率直さ、信頼、勤勉」などを、必ずその性格特性としてあげている。(P223)

最終的に与えられた課題を達成できるかはわからない。わからないけれども、悲観主義者のように何もしなければ、当然何も達成できないし、楽天主義者のように何とかなると考えて自分では何もしなければ、課題を達成できない。(P224)

噛み砕いて言うと、「いずれ天が味方してくれる」というのが楽天主義で、松井秀喜がどこかで書いてた「根拠のない自信」というのが楽観主義、ってことかな。

 

著者は、わが国ではおそらくアドラー研究の第一人者なのだと思う。一般向けに書かれた本だけに、著者がアドラーという人物に心酔しきっている様子が、この著書にはよく表れていると思う。